第十三話 知られざる渓(鈴鹿編)


幾重にも連なる山並に 奥山の風情とが漂う
滋賀県側に比べると 三重県側から望む鈴鹿
の山々は 麓まで畑や住居が迫り そこより
一気に県境の分水嶺へと駆け上がる事により
各渓谷の奥行きは全体に浅い物と成り 処に
よっては 落差も厳しい滝の連続ともなる。
タフな遡行を強いられる事も多く 砂防堰堤も
かなりの数だ 渓流釣り場として認識される
事の無かった流れへと 人知られず潜む渓魚
を追った。


山仕事の老人に 思いもしなかった事を聞いて
しまった。

その渓は 東海自然歩道が抜け キャンプ場すら点在する 一年中人の往来が絶えない所だった
からだ   長い年月ついぞ竿を振る釣人の姿を 見掛る事は無かった 話の信頼性を疑いながらも
其の渓へ 数日後私は立つ事になる  白っぽい砂地の谷は 良く土砂を吐き出すのだろうか次々と
古い砂防堰堤が行く手へと立ちはだかる。

古老が示した地点よりや々下流より入渓 本命と思われる場所へと向け攻め上がる 藪を掻き分け
出合った 何てこと無い浅い瀬に向け4,2m渓流竿に 先程麓の牛舎横で掘って来た とびっきり
生きのいい大き目のミミヅを付け そっと振り込んでやる・・・。
予想に反し ”コッ々”と直ぐに明確な魚信に 軽い手首の返しで合わせを呉れ ”クネ々”と六寸程の
ギンピカが 胸元に飛び込んで来た 握り締める指抜きの軍手には銀色の鱗が残る 最近 (1980年
前後) よく話題になる郡上のシラメを思い起こさせる。
意外と濃い魚影に気を良くし遡行を続ける 目前に迫る堰堤から 左岸に沿う自然歩道へ這い上がり
今日 目当ての場所へと目指し歩き出す。

キヤンプ場脇の釣橋の上から 上手を覗いて
見ると 落差20mばかりの直暴が木々の間
から見える  橋の袂のルートを伝わり再度
渓へと立つ 出会った両岸が切り立つ廊下状
の流れは 軽い落ち込みの連続と成るが
流れは澄み 底石のひとつ々 魚の動きまで
手に取るように見える。
”サッ”と走る影へ 若干送り気味に竿を煽る
”モソッ”と しっかりした重量が手元に伝わる
グラス竿特有の弾力で 一気に岸へと抜き
上げた その姿は何と悠に尺を越える 幅広
アマゴだ けっして豊富な餌に 恵まれるとは
思えない流れで この様に立派な魚体を育む
事に驚き 白い岩の上で踊る魚を嬉々として
押さえる。

目前へと迫る滝は かなりの水量を足元へと
落し飛沫と成り 私の体をジットリ湿らせる
右岸岩板の割れ目手前上波と下波のヨレで
一気に消し込む目印 これもでかい・・・?


目当ての枝谷へ足を踏み入れる 幾つか
出会う古い堰堤下からは 次々と掛かる
中小型中心のアマゴ  目的のサイズはまだ
出ない!
その奥へと現れる 上部を枝葉に覆われた
鬱蒼と暗い 二段の滝に向い チャラ瀬の縁へ

鈴鹿山系三重県側の渓にて(1977〜1980)
足を踏み入れたその時 ”ザバ 々 !!”と背鰭を見せながら 滝壷向け浅瀬を走る夥しい数の
良形アマゴ。  長くこの釣を続けたがこんな場面に出会った事は無く    唖然とし立ち尽くす。

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三重県の鈴鹿山系における渓流釣り場としては 御在所岳辺りを水源とし湯ノ山温泉を流れ下る
三滝川が 管理もされ成魚放流も多いようで 春先の一時期に よくこの渓のフアンが訪れては 
竿を曲げて居るようです。
しかし漁協の存在さへ無く 地元の各有志により 細々と自主放流を続けてきた流れにも 渓魚は
確実に生き続け 一渓流釣師として その想いに 頭が下がります。

                                                     OOZEKI